【ぶらぶら美術・博物館】「ハマスホイとデンマーク絵画」展③

ぶらぶら美術・博物館

2020年3月3日にBS日テレにて放送された「ぶらぶら美術・博物館」の【#339 東京都美術館「ハマスホイとデンマーク絵画」展〜幸福の国が生んだ巨匠“北欧のフェルメール”その静謐な世界〜】の回をまとめました。
今回の記事はパート3になります。
前回のパート2はこちら☚からご覧いただけます。

番組内容に沿って、それだけでなく+α(美術検定で得た知識など)をベースに、自分へのメモとして記事を書いていこうと思います。
見逃した方やもう一度内容を確認されたい方は是非ご覧になって下さい(^^♪

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⑶19世紀末のデンマーク絵画—国際化と室内画の隆盛

この第3章では、1870年代以降の19世紀末のデンマーク絵画を取り上げます。

この時代はアカデミーの旧態依然とした美術教育に反発した若い画家たちが躍進していきます。
彼らは他のヨーロッパの最先端の芸術を取り入れるようになっていきます。

《花咲く桃の木、アルル》ピーダスン


《花咲く桃の木、アルル》1888年
クレスチャン・モアイェ=ピーダスン
ヒアシュプロング・コレクション蔵

タイトルにある”アルル”とは、ゴッホが滞在していたお馴染みのあの”アルル”です。
しかも描かれた1888年はまさにゴッホもアルルにいた時期です。
ゴッホがアルルに滞在していたのは1888年2月から1889年の5月までです)

画像出展元:テレビ番組「ぶらぶら美術・博物館」より

この作品を描いたピーダスンはアルルでゴッホと出会い、交流しています。
ゴッホの作品にもこの作品とたいへんよく似た構図のものがある事から、一緒に屋外でイーゼルを並べて描いたのではないかと考えられています。

2枚を比較すると、ゴッホの方がピーダスンの作品よりも左側の視点から描いているのが分かります。
全く同じ日に描いたかどうかは分かりませんが、花の咲き具合から見ても一緒に描いた可能性は十分にあるといいます。

画像出展元:テレビ番組「ぶらぶら美術・博物館」より

ピーダスンのタッチもどこかゴッホからの影響が感じられます。
過去のデンマークの絵画と比べても、非常に明るく強い光を感じられるこの作品はデンマーク絵画史の中でも”異質な一枚”と言えるでしょう。

《夕暮れ》ユーリウス・ポウルスン


《夕暮れ》1893年
ユーリウス・ポウルスン
ラナス美術館蔵

まるでピンボケの写真のようなこちらの作品。
描いたのはユーリウス・ポウルスン(Julius Paulsen、1860-1940)。

もちろんちゃんと描ける画家なので、わざとこのように描いているのです。


《カーアン・ブラムスンの肖像》1900年
ユーリウス・ポウルスン
ブランツ美術館蔵

こちらも同じユーリウス・ポウルスンの作品で、「ハマスホイとデンマーク絵画」展に出展されているものです。
このように肖像画作品ではきっちりと描いています。


ここに描かれているのは2本のオークの木です。
その背後には地平線に沈む太陽がぼんやりと描かれています。

画家はこの《夕暮れ》という作品を屋外でイーゼルを立てて描いたわけではありません。
この風景をじーっと見つめた翌日に思い出しながら描いたといいます。

枝ぶり等の細かい所を見るのではなく、目にした景色の色彩や光などの全体の印象を捉えているのです
いわば「記憶の中の風景」を描いているという事になります。
ですので現実感が乏しかったり、どこか夢の中のような幻想的な雰囲気になっているのです。

この《夕暮れ》はいわばかなり攻めの姿勢の、実験的な作品といえるでしょう。
またこのようなぼんやりしたタッチの作品は、ポウルスン以外のデンマークの画家には見られません。

画家 ユーリウス・ポウルスン

《自画像》ユーリウス・ポウルスン

ユーリウス・ポウルスンは1860年に裕福な商人の家庭に生まれます。
母親と姉の影響で絵画に目覚め、1879年に王立美術アカデミーに入学します。

そしてその入学した年にシャロデンポー春季展にてデビューするという、異色の経歴の画家です。
非常に優秀な画家で、終生彼の評価は変わらず最終的にアカデミーの教授にまでのぼりつめました。

《遅めの朝食、新聞を読む画家の妻》レング


《遅めの朝食、新聞を読む画家の妻》1898年
ラウリツ・アナスン・レング
スウェーデン国立美術館

タイトルの通り、新聞を読んでいる画家の妻スィイリズを描いた作品です。
妻はなんとレングより20歳年下です。

レングは結婚するまでは、精神的に不安定な状態にありました。
相次ぐ家族の死、貧困、親友の妻への報われない恋心などが原因で、一時は自殺を考えるほどでした。
それがスィイリズとの結婚が転機となり、以降妻を中心に据えた日常生活の一場面を描いていきます。

テーブルの上に並んでいる食べ物は、ニシンの燻製など、朝食にはやや重めのものもあるのでブランチといったところでしょうか。

遅めに起きてブランチを食べながら新聞を読むという、まさに”ヒュゲ”な作品といえるでしょう。

テーブル、椅子、そして奥の食器棚まで色が統一されており、インテリアに凝った家庭である事が伺えます。
じつはこの奥さんはデンマークの陶磁器ブランドのKAHLER(ケーラー)の令嬢なのです。

なるほど!お金持ちなのですね!

家の中で親しい人とくつろいだり、一人でもゆったり過ごすというのがデンマークの人にとっては大切な時間でした。
19世紀末のデンマークの画家たちの多くは、この作品のような自宅の室内で自分の家族をモデルに作品を描いていきました。

全ヨーロッパ的にもこの時代、室内を描いたものが増えてきますが、特にデンマークはそれが多く、「これほど居間を飾るために、居間を描く国はない」と言われるほどでした。

ここで今回の記事は以上になります。
続くパート4ではいよいよ主役のハマスホイの作品、そして彼の義理に兄にあたるイルステズの作品についてまとめていきます。
こちら☚からご覧いただけます。

コメント

  1. […] 今回の記事はここまでです。 続くパート3では、デンマークの19世紀末の絵画についてまとめていきます。 こちら☚からご覧いただけます。 […]

  2. […] 2020年3月3日にBS日テレにて放送された「ぶらぶら美術・博物館」の【#339 東京都美術館「ハマスホイとデンマーク絵画」展〜幸福の国が生んだ巨匠“北欧のフェルメール”その静謐な世界〜】の回をまとめました。 今回の記事はパート4になります。 前回のパート3はこちら☚からご覧いただけます。 […]

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