2021年11月16日にBS日テレにて放送された「ぶらぶら美術・博物館」の【#391 ゴッホが“巨匠”になるまでの全て!東京都美術館「ゴッホ展」〜世界最大のゴッホコレクター珠玉の名画が一堂に!傑作〈糸杉〉も!〜】の回をまとめました。
今回の記事はパート3になります。
前回のパート2こちら☚からご覧いただけます。
番組内容に沿って、それだけでなく+α(美術検定で得た知識など)をベースに、自分へのメモとして記事を書いていこうと思います。
見逃した方やもう一度内容を確認されたい方は是非ご覧になって下さい(^^♪
ゴッホの師匠 アントン・マウフェ
ほとんど独学で絵を学んだゴッホですが、一人だけ絵の先生と呼べる人物がいました。
画像出展元:テレビ番組「ぶらぶら美術・博物館」より
それがハーグ派の画家、アントン・マウフェ(1838-1888)です。
画像出展元:テレビ番組「ぶらぶら美術・博物館」より
ハーグ派とは、別名「灰色派」とも呼ばれるグループで、灰色や褐色といった暗めの色彩の作品を描き、また制作も屋外で行いました。
またマウフェはゴッホの従姉妹の夫で、親戚関係にありました。
《麦わら帽子のある静物》
《麦わら帽子のある静物》1881年11月後半~12月半ば
フィンセント・ファン・ゴッホ
クレラー=ミュラー美術館蔵
こちらの《麦わら帽子のある静物》はそのマウフェの元にゴッホが油絵を習いに行っていた頃、油絵を描き始めたごく初期の作品になります。
色々な質感の違う素材(布、麦わら、陶器)を描き分ける訓練のような形の静物画になります。
「やっぱりセザンヌくらい質感表現ができてないね」(山田五郎氏)
帽子もどこか陶器のような質感になっています。
質感を描き分ける事の難しさが伝わってきます。
画像出展元:テレビ番組「ぶらぶら美術・博物館」より
マウフェは絵を教えるだけでなく、画材やお金を貸すなどゴッホの身の回りの面倒もみました。
画像出展元:テレビ番組「ぶらぶら美術・博物館」より
しかしゴッホがシーンという名の女性と恋に落ちた事で、マウフェとの関係もこじれてしまいます。
このシーンという女性は子連れの娼婦で、さらに当時妊娠をしていました。
彼女に惚れたゴッホは同棲しはじめ、「お腹の子供も自分が育てる」と言い出します。
画像出展元:テレビ番組「ぶらぶら美術・博物館」より
それを聞いたマウフェは当然良くは思いません。
「君はいったい何をやっているんだ」という事で、ゴッホは破門になってしまいます。
画像出展元:テレビ番組「ぶらぶら美術・博物館」より
ゴッホは結局シーンとも上手くいかず、この地を離れ、実家のあるオランダのニューネンというところに帰るのです。
画像出展元:テレビ番組「ぶらぶら美術・博物館」より
そしてそこからパート2で取り上げた《ジャガイモを食べる人々》のような、”農民”の絵を描き始めるのです。
(《麦わら帽子のある静物》は1881年制作です)
破門によって別れてしまったゴッホとマウフェですが、1888年、ゴッホのアルル滞在中にマウフェは亡くなってしまいます。
画像出展元:テレビ番組「ぶらぶら美術・博物館」より
その死の報せを弟テオから聞いたゴッホは、《花咲く桃の木(マウフェの思い出)》という作品を描きます。
(*こちらの作品もクレラー=ミュラー美術館に収蔵されていますが、残念ながら今回来日はしていません)
画像出展元:テレビ番組「ぶらぶら美術・博物館」より
画面左隅には「スヴニール・ドゥ・マウフェ(マウフェの思い出)」と書かれています。
この作品はマウフェの妻に贈られたのち、娘に受け継がれ、そこからヘレーネが購入しました。
《花咲く桃の木、アルル》1888年
クレスチャン・モアイェ=ピーダスン
ヒアシュプロング・コレクション蔵
*『ゴッホ展』の出展作品ではありません
ちなみに2020年に同じ東京都美術館で開催された『ハマスホイとデンマーク絵画』展では、《花咲く桃の木(マウフェの思い出)》とよく似たこちらの作品が展示されていました。
画像出展元:テレビ番組「ぶらぶら美術・博物館」より
作者のクレスチャン・モアイェ=ピーダスンはこの時、屋外でゴッホとイーゼルを並べて同じ木を描いたと考えられています。
《白い帽子を被った女の顔》
画像出展元:テレビ番組「ぶらぶら美術・博物館」より
マウフェの元で絵画の基礎を学んだゴッホは、実家に帰り、近隣の農民を描き始めます。
これらの農婦の作品が描かれたのは、《ジャガイモを食べる人々》と同じ頃になります。
このあたりから私たちのイメージする、”ゴッホらしさ”が見えてくるようになります。
《白い帽子を被った女の顔》1884年
フィンセント・ファン・ゴッホ
クレラー=ミュラー美術館蔵
こちらの女性にいたっては、《ジャガイモを食べる人々》にも登場していました。
画像出展元:テレビ番組「ぶらぶら美術・博物館」より
恐らくは同じモデルで、同じ帽子を被っている姿を描いたと考えられます。
本当は真っ白な帽子を被っているはずですが、ゴッホはそこにうっすら緑を入れています。
画像出展元:テレビ番組「ぶらぶら美術・博物館」より
この頃、ゴッホはドラクロワを参考に、色彩表現を学んでいます。
とはいえ、実際の作品を見る機会はほとんどなく、書物からその知識を得ていったと考えられます。
そこから”赤と緑”や”黄色と紫”といった補色の関係性など学び、作品に反映していくのです。
画像出展元:テレビ番組「ぶらぶら美術・博物館」より
このようにオランダ時代のゴッホは、農民画を数多く描きました。
今回の記事はここまでになります。
続くパート4の記事では、パリに拠点を移して以降、色鮮やかなゴッホ作品についてまとめていきます。
【ぶら美】2021年ゴッホ展④【美術番組まとめ】
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