2017年7月8日にテレビ東京にて放送された「美の巨人たち」の【エカテリーナ2世「エルミタージュ美術館」】の回をまとめました。
番組内容に沿って、それだけでなく+α(美術検定で得た知識など)をベースに、自分へのメモとして記事を書いていこうと思います。
イントロダクション:エルミタージュ美術館
画像出展元:wikipedia「Hermitage Museum」より
今回取り上げる「エルミタージュ美術館」はモスクワに次ぐロシア第二の都市、サンクトペテルブルクのネヴァ川のほとりにあります。
このエルミタージュ美術館は「世界三大美術館」にも数えられている”美の殿堂”です。
(ちなみにあとの2つはルーヴル美術館とメトロポリタン美術館です)
この美術館が造られた18世紀の初頭のロシアは、近代化が求められていました。
当時のロシアは貧しく野蛮な国と見なされていたのです。
そんなロシアをヨーロッパの列強と肩を並べる国へと押し上げたのが、このエルミタージュ美術館なのです。
総面積は2万坪、部屋数は400、そして収蔵作品数は300万点に及びます。
そのコレクションはルネサンスのレオナル・ド・ダヴィンチやラファエロ、17世紀オランダ美術の巨匠レンブラント、そして20世紀フォーヴィスムのアンリ・マティスまで幅広く収蔵されています。
それではなぜロシアの美術館がこれほどの美術品を収集する事ができたのでしょうか。
そのきっかけはドイツからロシアに嫁いできた一人の女性でした。
彼女こそが後に”女帝”と呼ばれるエカテリーナ2世です。
彼女はその半生を絵画収集に捧げました。
エルミタージュ美術館の概要
画像出展元:テレビ番組「美の巨人たち」より
1762年、宮殿として冬宮(とうきゅう)が建てられます。
画像出展元:テレビ番組「美の巨人たち」より
冬宮の隣には小エルミタージュ、旧エルミタージュ、そしてエルミタージュ劇場と並びます。
この3つの建物はエカテリーナ2世によって、建てられました。
画像出展元:テレビ番組「美の巨人たち」より
その奥にある新エルミタージュは1852年に、孫のニコライ1世が増築したものです。
画像出展元:テレビ番組「美の巨人たち」より
2014年12月には近接する旧参謀本部の建物を改修して新館がオープンしています。
画像出展元:テレビ番組「美の巨人たち」より
これら全てを巡ると25キロメートルに及ぶと言われています。
展示室は宮殿をそのまま利用しており、息をのむような美しさです。
300万点にも及ぶコレクションの始まりは、1764年にエカテリーナ2世がプロイセンの商人ゴツコフスキーから約300点の絵画を買い取った事が始まりです。
エカテリーナ2世の生い立ち
エカテリーナ2世は1729年、現在のベルリンの近くシュテッティンという街の貧しい貴族の家に生まれ、ゾフィー・フリデリーケ・アウグスタと名付けられます。
小さい頃から野心家の性格で、10歳の時に舞踏会で後のロシア皇帝となるピョートル3世に出会います。
そしてその時に「ピョートル3世は汝の夫となるであろう」と予言したと言います。
10歳でですか?!すごいな~~
そしてその予言が的中します。
14歳の時にピョートル3世の花嫁候補となるのです。
ロシアで暮らし始めた彼女はロシア語をマスターし、更にシア正教に改宗します。
その努力が当時の皇帝エリザヴェータ・ペトロヴナやロシア国民の心を掴みました。
ではエカテリーナ2世をそこまで突き動かしたものは何だったのでしょう?
一つには、自分の母親の兄(エカテリーナ2世から見た叔父)が皇帝エリザヴェータの婚約者であった事が理由として考えられます。
画像出展元:テレビ番組「美の巨人たち」より
ところがその叔父は若くして亡くなってしまい、婚約はご破算となりました。
エカテリーナ2世は自分とロシアとの結びつきが他の花嫁候補と比べても勝っているという自負があったのでしょう。
「こんな片田舎の貴族の娘で終わる私ではない」と思っていたのかもしれません。
女帝誕生、コレクション収集の謎
エカテリーナ2世の夫となったピョートル3世(1728-1762)は、少々変わった人物であったといいます。
結婚から9年後の1754年に最初の子が生まれるまでの、8年もの間妻に触れなかったと言われています。
そしてその代わりに熱中していたのが兵隊のフィギュアで遊ぶことでした。
ベッドの中や下にフィギュアを隠し、夜遅くまでフィギュアで遊んでいたといいます。
その後1762年に第7代ロシア皇帝に即位しています。
一方エカテリーナ2世はそんな夫には目もくれず、時間の許す限り読書をし教養を深めていたといいます。
そのジャンルは歴史、思想、そして文学と多岐に渡りました。
彼女ははるか先の未来を見据えていたのです。
エカテリーナ2世の言葉です。
「私は結婚で幸福になるため、はるばる旅をしてきたのではない。
ロシア帝国に君臨するために嫁いできたのだ」
エカテリーナ2世は生涯を通じて多くの愛人と関係を持ちました。
その中の一人、軍人のグリゴーリ・オルローフ(*wikipediaでは、グリゴリー・オルロフ)がクーデターを企てます。
即位したその年(1762)に起こったそのクーデターでピョートル3世は失脚、そして亡くなってしまいます。
こうしてエカテリーナが皇帝の位に就きます。
彼女はロシア全土に号令をかけるのです。
「ロシアをヨーロッパの列強国にする」と。
画像出展元:テレビ番組「美の巨人たち」より
次々と周辺国を攻めて、70もの戦いで勝利を収めます。
領土を広げ、バルト海から黒海のほとりまでも手中に収めたのです。
画像出展元:テレビ番組「美の巨人たち」より
一方国内に対しては200に及ぶ法律を制定し、啓蒙君主ぶりを発揮します。
そしてここから絵画収集が始まるのです。
では一体どんな作品がエルミタージュ美術館にあるのか、その収蔵作品の一部をパート2ではご紹介します。
こちら☚からご覧頂けます。
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