2019年2月12日にBS日テレにて放送された「ぶらぶら美術・博物館」の【#297 森アーツセンターギャラリー「新・北斎展」~新発見・再発見が続々!新たな葛飾北斎像に迫る!~】の回をまとめました。
番組内容に沿って、それだけでなく+α(美術検定で得た知識など)をベースに、自分へのメモとして記事を書いていこうと思います。
見逃した方やもう一度内容を確認されたい方は是非ご覧になって下さい(^^♪
《向日葵図》
画像出展元:テレビ番組「ぶらぶら美術・博物館」より
今回の記事では北斎の最晩年(75~90歳頃)、画狂老人卍(がきょうろうじんまんじ)時代の作品をまとめていきます。
名前からしてインパクトがすごいですね!
まず最初はこちらの作品です。
画像出展元:テレビ番組「ぶらぶら美術・博物館」より
一見すると北斎の作品とは分からないこちらの作品。
ひまわりを題材にした作品は北斎の中では少なく、貴重な一枚です。
画像出展元:テレビ番組「ぶらぶら美術・博物館」より
ひまわりの真ん中、通常種がある黒い部分は黄色や緑のグラデーションで表されています。
画像出展元:テレビ番組「ぶらぶら美術・博物館」より
葉の部分は陰影をつけて表現されており、西洋絵画の影響を伺わせます。
画像出展元:テレビ番組「ぶらぶら美術・博物館」より
落款には「八十八老卍筆」と書かれていることから、88歳の時に描いた作品だということが分かります。
この時期の北斎は、描いた作品に自身の年齢を書き入れることが多かったといいます。
この頃の88歳だと、今なら100歳越えのようなイメージでしょうか。
北斎は90歳で亡くなっていますので、亡くなる2年前に描かれた作品ということになります。
画像出展元:テレビ番組「ぶらぶら美術・博物館」より
「要するに枯れた感じがないってことでしょ。年相応の枯れた感じがゼロなんだよね。まだまだやる気十分なんだよ」(山田五郎氏)
画像出展元:テレビ番組「ぶらぶら美術・博物館」より
この作品を所蔵するアメリカのシンシナティ美術館の研究者は、この《向日葵図》が「北斎の自画像」だと考えているのだとか。
天に向かって伸びるひまわりが、絵に向かう北斎の姿勢に共通するといいます。
また花の傾き方も、老年の北斎の姿と重ねて見る事ができるでしょう。
「ゴッホなんかも(ひまわりを)描いたことからも分かるように、太陽の方を向くから、理想を目指す芸術家の象徴みたいな(イメージがひまわりにある)」(山田五郎氏)
《弘法大師修法図》
画像出展元:テレビ番組「ぶらぶら美術・博物館」より
こちらも前の《向日葵図》と同じく85-88歳の頃に描かれた作品です。
いやぁすごい!88歳の人の描く絵じゃないですよ!
縦153センチ、横240センチの大画面で、北斎の現存する肉筆画の中で最も大きな作品です。
画像出展元:テレビ番組「ぶらぶら美術・博物館」より
描かれているのは弘法大師・空海が、鬼で表わされた病魔を退治している様子です。
画像出展元:テレビ番組「ぶらぶら美術・博物館」より
これだけの大作にもかかわらず長い間忘れ去られており、明治と昭和の初め頃に文献で取り上げられたきり、作品の行方が分かっていませんでした。
長く忘れ去られた後、1983年に弘法大師ともゆかりの深い西新井大師というお寺の物置で発見されたのです。
所蔵元の西新井大師でも年に一度しか公開されない、貴重な作品となっています。
そういった作品を展覧会でじっくりと見られるのはありがたいですね!
画像出展元:テレビ番組「ぶらぶら美術・博物館」より
画面右側で木に巻き付いているのは”犬”だと考えられています。
犬にしては、ちょっと胴体が長すぎるような…
画像出展元:テレビ番組「ぶらぶら美術・博物館」より
現在は額装されて掛け軸となっていますが、元々は絵馬として高い所に掲げられていたと考えられています。
老いてなお斬新な作品を残し続けた北斎。
亡くなる時には次のような言葉を残したと伝わります。
画像出展元:テレビ番組「ぶらぶら美術・博物館」より
「あと自分の寿命が10年、いや5年あったなら本物の絵師になれたのに…」
向上心を持つことの大切さ、素晴らしさを教えられますね…
数々の傑作を残し、日本人のみならず世界の人々にも大きな影響を与えた葛飾北斎。
それでも自らを”本物の絵描き”とは認めず、死ぬまでその高みを目指し続けた、そんな北斎の人間的魅力が溢れた言葉と言えるでしょう。
今回の記事はここまでになります。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。