【ぶら美まとめ】《忘れえぬ女》【ロマンティックロシア展⑤】

ぶらぶら美術・博物館

2019年1月8日にBS日テレにて放送された「ぶらぶら美術・博物館」の【#294 感じる!読み解く!ロシア美術「ロマンティック・ロシア」展~ロシアの“モナ・リザ”《忘れえぬ女》謎多き名画が来日!~】の回をまとめました。
今回の記事はパート5になります。
前回のパート4はこちら☚からご覧頂けます。

番組内容に沿って、それだけでなく+α(美術検定で得た知識など)をベースに、自分へのメモとして記事を書いていこうと思います。
見逃した方やもう一度内容を確認されたい方は是非ご覧になって下さい(^^♪

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《忘れえぬ女(ひと)》イワン・クラムスコイ


《忘れえぬ女》1883年
イワン・クラムスコイ
トレチャコフ美術館蔵

これは綺麗ですね~

女性の顔の美しさに先ず惹かれますが、肌の艶やコートのファーの表現などもたいへん見事です。

ロシアのモナ・リザ」や「北のモナ・リザ」と呼ばれるこの作品。
今回「ロマンティック・ロシア」展での来日が9年ぶり、8回目になります。

日本でもたいへん人気のある作品ですが、描かれた当時は「高級娼婦ではないか?」としてロシアではスキャンダルになったといいます。
そう思われた理由は、彼女の乗る乗り物にありました。

冬であれば普通馬車には屋根がついているはずですが、それがありません。
つまりそれは”自分の顔を売り出すため”で、そこから娼婦ではないか?となったのです。

作品を所蔵するトレチャコフ美術館がこの作品を購入する際にも、その評判から若干ためらったと伝えられています。

モデルは誰?

恐らくこの絵を見た人は皆、「描かれているこの女性は誰なんだろう?」と思う事でしょう。
高級娼婦だと思う人もいれば、そうは思いたくはないという人もいるでしょう。

画像出展元:テレビ番組「ぶらぶら美術・博物館」より

モデルだと考えられている有力な一説をご紹介します。

小説家のトルストイが「アンナ・カレーニナ」を執筆中に、画家のクラムスコイトルストイの肖像画を描きます。

その際クラムスコイトルストイの家に住み込み、互いに芸術論を交わしながら、トルストイは小説を書き、クラムスコイは肖像画を描きました。

その時トルストイが書いていた「アンナ・カレーニナ」の主人公のアンナは、作品の中でその容姿について、黒髪・硬い髪質・こめかみが巻き毛と書かれています。

特徴そのまんまじゃないですか⁈

その後『アンナ・カレーニナ』の単行本が1877年に刊行されます。
そしてその6年後、クラムスコイはこの《忘れえぬ女》を発表するのです。

ここまで聞くと、「じゃあ、この《忘れえぬ女》はそのアンナ・カレーニナがモデルなんだ」と思う方もいらっしゃると思いますが、中野京子さんは「そうではない」といいます。

もしこの作品について「アンナ・カレーニナですよ」と言ってしまったら、見る人の絵のイメージは決まってしまいます。
しかしこの作品は”小説の挿絵”ではないので、クラムスコイはそう思われるのは良しとしなかったと考えられます。
(もちろん最初はアンナ・カレーニナを意識して描いたかもしれませんが・・・)

そこでクラムスコイは、この女性を「誰でもない誰か」だと見て欲しいという思いから、作品に”Unknown Lady“というタイトルを付けるのです。

「忘れえぬ女」は邦題?

“Unknown Lady”は日本語に直訳すると「見知らぬ女」になります。

しかしこの「見知らぬ女」というタイトルが相応しくないと考えたのが日本人でした。
そこで「見知らぬ女」から「忘れえぬ女」へ邦題を変えたのです。

これは素晴らしい邦題のセンスですよね。

日本人がこの絵を好きな理由

わざわざ直訳とは別に邦題を付けてしまうほど、日本人が好きな《忘れえぬ女》。
いったい何がそこまで日本人を惹きつけるのでしょう。

それはこの女性の顔立ちにアジア系の要素を感じるからだと言われます。
彼女を見た時に、無意識に親しみや近いものを感じるのでしょう。

画像出展元:テレビ番組「ぶらぶら美術・博物館」より

瞳も黒いですしね。

彼女の目はよく見ると、潤んで涙が溜まっているように描かれています。

パッと見た瞬間はどこか見下し、蔑んだような強気な女性に感じられますが、よく見るとその向こう側の違う感情が見えてくる。
その点も多くの人を惹きつける理由なのでしょう。

『アンナ・カレーニナ』のストーリー

幸福な家庭はすべて互いに似かよったものであり、不幸な家庭はどこもその不幸の趣きが異なっているものである
これは小説『アンナ・カレーニナ』に書き出しです。

アンナ・カレーニナ』は不倫という禁断の恋をテーマにしたラブストーリーです。

主人公アンナは、政略結婚で年の離れた夫・カレーニンと結婚させられて、子どもも一人もうけます。
そんな中若い貴族の将校・ヴロンスキーと恋に落ち、家を飛び出します。

しかしそこから実の息子に会えなかったりと段々と彼女は追い詰められていき、社交界からも追放されてしまいます。
そして彼女は汽車に飛び込み自殺してしまうという、悲しい最期を迎えます。

その話を聞いてからこの《忘れえぬ女》を見ると、まさにアンナ・カレーニナの運命を感じさせるような憂いを帯びた表情に見えてきます。

ちなみに『アンナ・カレーニナ』は2012年に映画化されていますので、「小説読むのが苦手だな~」という方はこちらがお勧めです。

僕も観ましたけど、良い映画でしたよ!
主演のキーラ・ナイトレイが綺麗でした。

《画家イワン・クラムスコイの肖像》イリヤ・レーピン


《画家イワン・クラムスコイの肖像》1882年
イリヤ・レーピン
トレチャコフ美術館蔵

では最後にその忘れえぬ女》や《月明かりの夜》を描いたクラムスコイの肖像画を見てみましょう。

クラムスコイは美術アカデミーの学生だった頃から頭角を現し、若い画家たちのリーダー的存在でした。
1870年に設立された移動展覧会協会(移動派)のリーダーにもなります。

そんなクラムスコイより7歳年下で、彼の肖像画を描いたのがイリヤ・レーピンです。
1863年、19歳だったレーピンは美術アカデミーに入学するためにサンクトペテルブルクに上京してきます。
クラムスコイレーピンアカデミー入学前の最初の師匠となり、芸術と精神の成長に多大な影響を与えるのです。

この肖像画は二人が出会ってからおよそ20年後の1882年、クラムスコイが40代半ば、レーピンが30代後半の時に描かれました。

イリヤ・レーピンの有名な作品は《ヴォルガの船曳き》や《イワン雷帝とその息子イワン》が良く知られています。

《ヴォルガの船曳き》

*この作品については別の記事で詳しく取り上げます(現在記事作成中です)。

《イワン雷帝とその息子イワン》

*この作品については別の記事にて詳しくまとめております。
こちら☚からご覧頂けますので、よろしければ是非(^^♪

今回の記事はここまでになります。
最後までお読みいただきありがとうございました。

「ぶらぶら美術・博物館」のこの回以外の記事もアップしています!
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