【アートステージ】ヴィルヘルム・ハマスホイ【美術番組まとめ】

2020年2月29日にTOKYO MXで放送された「アート・ステージ~画家たちの美の饗宴~」の【ハマスホイ 北欧デンマークが生んだ静謐の画家】の回をまとめました。

番組内容に沿ってそれでけでなく+α(美術検定で得た知識など)をベースに、自分へのメモとして記事を書いていこうと思います。

今回のテーマは「ヴィルヘルム・ハマスホイ」です。
彼の作品が展示されていた「ハマスホイとデンマーク絵画」展ですが、東京展は会期中に閉幕、山口展も4月23日現在開幕が延期となってしまっています。

残念です。。。

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画家:ヴィルヘルム・ハマスホイ


《背を向けた若い女性のいる室内》
ヴィルヘルム・ハマスホイ
デンマーク、ラナス美術館蔵

静かなる衝撃、再びー
これは「ハマスホイとデンマーク絵画」展のキャッチコピーはです。
彼の作品は、まるで永遠の静寂をキャンバスにとどめたような謎めいた雰囲気に満ちています。

ヴィルヘルム・ハマスホイは、1900年前後に活躍したデンマーク出身の画家です。

自画像(1895)

ハマスホイは1864年にデンマークの首都のコペンハーゲンに生まれました。
小さい頃から絵の才能に恵まれたハマスホイは、15歳で王立美術アカデミーに入学します。
その後21歳の時に妹の肖像画を王立美術アカデミーの春季展に出品、画家としてデビューします。


《若い女性の肖像、画家の妹アナ・ハマスホイ》
ヴィルヘルム・ハマスホイ
コペンハーゲンヒアシュプロング美術館蔵
*「ハマスホイとデンマーク絵画」展には出品されていません。
抑えめの色合いと独特な静けさは、彼の画風が若い頃から確立されているのが分かります。
このように初期の頃は、主に肖像画を描いていました。
その後30代半ば頃から室内画を手掛け、高い評価を得るようになります。彼のスタイルは当時のデンマークの他の画家とも一線を画していました。それでは、当時他のデンマークの画家がどのような室内画を描いていたのか見てみましょう。

同時代の画家:ヴィゴ・ヨハンスン


《春の草花を描子供たち》1894年
ヴィゴ・ヨハンスン
スケ―イン美術館蔵
これは19世紀後半に活躍したデンマークを代表する人気画家の、ヴィゴ・ヨハンスンが描いた作品です。

描かれているのは、画家の子供の6人兄弟のうちの4人です。
画家である父親の真似をしているのか、それとも父親から「宿題」を課されたのかは定かではありませんが、熱心にテーブルの上の花を写生しています。

画面のタッチは、同時代にフランスで起こった印象派のものを彷彿とさせます。
鑑賞者に安らぎを与える色彩からは、家族の団らんが感じられます。

ちなみに描かれた4人のうちの二人、エレンゲアダは父と同じく画家になっています。
(エレンが一番奥に見える正面が見える子、ゲアダは一番右端で頬杖をつきながら絵を掲げている子です)


《きよしこの夜》1891年
ヴィゴ・ヨハンスン
ヒアシュプロング・コレクション蔵

こちらも同じヴィゴ・ヨハンスンの作品です。

19世紀後半のデンマークでは、この作品のような自宅の室内を描いた作品が人気を博しました。
そこで表現されるのが”ヒュゲ”と呼ばれる、心地よくくつろいだ雰囲気です。

《室内ー開いた扉、ストランゲーゼ30番地》ハマスホイ


《室内ー開いた扉、ストランゲーゼ30番地》1905年
ヴィルヘルム・ハマスホイ
デーヴィズ・コレクション蔵

ハマスホイの作品もそんな室内画の流行の流れにあります。
しかし他の画家と違うのは、人物がいない、もしくは一人だけで物語性が見られないというのが特徴です。

ハマスホイの性格は物静かで、慎み深かったといいます。
彼の描いた作品もその人間性が表れているのかもしれません。

ハマスホイの言葉です。
部屋は誰もいない時にこそ、美しいのかもしれません

ハマスホイの風景画


《若いブナの森、フレズレクスヴェアク》1904年
ヴィルヘルム・ハマスホイ
デーヴィズ・コレクション蔵

ハマスホイは室内画だけでなく、風景画も描いています
そこにも彼の独特な画風が生きています。

描かれているのは、逆光の中に見えるどこか幻想的なブナの木々です。
ありのまま自然というよりは、どこか不思議な浮遊感のある作品です。
まるで夢の中のような…

薄暗い森には柔らかな木漏れ日が降り注いでいます。
木々の葉が繊細なタッチで描かれているのが分かります。

彼はバカンス中にこの作品を描いたと言います。
その際フランス印象派のように、野外にイーゼルを立てて自然光の中で写生しました。

ハマスホイの評価


《画家と妻の肖像、パリ》1892年
ヴィルヘルム・ハマスホイ
デーヴィズ・コレクション蔵

ハマスホイの独自の画風を追求する姿勢は、当時の保守的な画壇で物議を醸しました。
しかし20世紀に入ると、彼の芸術は広く認められるようになっていきます。

1908年には王立美術院のメンバーに就任します。
3年後の1911年には、ローマで開催された国際美術展で第一等賞を獲得しています。

ちなみにこの国際美術展で同じく一等を取ったのがクリムトでした。
クリムトは《死と生》という作品で受賞しています。


《死と生》1915年
グスタフ・クリムト
レオポルトコレクション蔵

(*制作年が1915年なのは、1911年の国際美術展出展後も加筆を続けたため)

ハマスホイに話を戻しましょう。

その後彼の個展がヨーロッパ各地で開かれた事により、国際的な画家としての名声を得る事となります。

しかしその矢先の1916年、病に倒れこの世を去ります。
51歳でした。

没後の再評価

ハマスホイの名前は死後急速に忘れられていきました。
彼の再評価が始まったのは、つい最近の20世紀末の事です。

1990年代に入ると、パリのオルセー美術館などで彼の回顧展が開かれ、それが再評価に繋がっていきました。

日本で広く知られるようになったのは、2008年に国立西洋美術館で開催された「ヴィルヘルム・ハンマースホイ 静かなる詩情」展がきっかけでした。

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