【マリー・アントワネットの宮廷画家】ヴィジェ・ルブラン①【美術番組まとめ】

アート・ステージ

2019年11月23日にTOKYO MXで放送された「アート・ステージ~画家たちの美の饗宴~」の【エリザベト=ルイーズ・ヴィジェ・ルブラン 激動の時代を生きた女性画家】の回をまとめました。

番組内容に沿って、+α(美術検定で得た知識など)をベースに、自分へのメモとして記事を書いていこうと思います。

見逃した方やもう一度内容を確認されたい方は是非ご覧になって下さい。

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イントロダクション

フランス王妃のマリー・アントワネット
日本でもその名はよく知られていますね。

実は私たちは思い浮かべる彼女のイメージは、今日取り上げる画家エリザベト=ルイーズ・ヴィジェ・ルブランが描いた肖像画が生み出しました。

エリザベト=ルイーズ・ヴィジェ・ルブラン(1755-1842)

か、可愛い・・・😍

エリザベト=ルイーズ・ヴィジェ・ルブランは、18世紀のフランスを代表する女流画家です。
女流画家が珍しいこの時代で、成功を収めた稀な画家と言えます。
彼女はこの自画像通りの美貌で、すれ違った男性は振り返るどころか、付いてきてしまうほどだったそうです。

今なら通報されちゃいますよ!

彼女は「肖像画家」として、王侯貴族を優雅に描き一世を風靡しました。
それらは高い描写力だけではなく、その人物の気品までも描き出しました。

彼女が生きた時代のフランスは、ロココ文化やフランス革命、そして王政復古とまさに激動の時代でもありました。

《マリー・アントワネットの肖像》ヴェルサイユ宮殿美術館蔵


《マリー・アントワネットの肖像》1783年
ヴィジェ・ルブラン
ヴェルサイユ宮殿美術館蔵

王妃マリー・アントワネットの肖像画は、誰もが一度は目にしたことのあるヴィジェ・ルブランの代表作です。

この作品の王妃の手には一輪のバラが。
まるでマリー・アントワネット自身が、背景の森の中に咲く花のようです。
ドレスの質感やレースの表現も見事です。
王妃の気品ある姿を引き立てます

ヴィジェ・ルブランマリー・アントワネットから寵愛されており、才能を開花させることができたのも、マリー・アントワネットの力添えがあったからでした。

また二人は王妃と宮廷画家という立場を超えて大変親しかったと言います。
その理由の一つには、共に1755年生まれの同い年であった事が挙げられます。

マリー・アントワネットは、オーストリア・ハプスブルク家からフランスへと嫁ぎました。
異国の地で親しくする人が少ない中で、同い年で同じ女性のヴィジェ・ルブランは心許せる存在だったのでしょう。

さて、この肖像画の話に戻ります。
実はこの作品は当初、サロン展に発表された時には違う姿をしていました。

《マリー・アントワネットの肖像》ワシントン・ナショナル・ギャラリー蔵


《マリー・アントワネットの肖像》1783年
ヴィジェ・ルブラン
ワシントン・ナショナル・ギャラリー蔵
こちらが当初、サロン展に出品された《マリー・アントワネットの肖像》です。
構図や姿勢はそのままですが、王妃の纏ってる衣服や背景が全く異なります。帽子は羽飾りのついた大きな麦わら帽子になり、ドレスはカジュアルなモスリンのドレスを纏っています。
マリー・アントワネットは当時のファッションリーダー的な存在でした。このドレスのようにシンプルで締め付けのないドレスは、いわば最新のモードだったのです。
ではどうして、ヴィジェ・ルブランはこの作品を描きなおしたのでしょう?実はそのファッションが問題となったのです。
下品で王妃にふさわしくない」と非難が起こり、母親のマリア・テレジアも「下着姿ではしたない」と激怒しました。

その非難に対応する形で、ヴィジェ・ルブランは最初にご紹介した青いドレスの肖像画を描いたのです。

パート1は一旦ここまでです。

パート2へと続きます。
パート2では彼女の生い立ちから宮廷画家、そしてフランス革命が起こってどうなっていったのか
まとめていきます。
【激動のフランスを生きた女流画家】ヴィジェ・ルブラン②【美術番組まとめ】

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