2024年11月10日にNHKにて放送された「日曜美術館」の【まなざしのヒント 埴輪】の回をまとめました。
番組内容に沿って、それだけでなく+α(美術検定で得た知識など)をベースに、自分へのメモとして記事を書いていこうと思います。
今回の記事はパート1になります。
ホームルーム:埴輪とは?
画像出展元:テレビ番組「日曜美術館」より
まず初めに埴輪はどうして「埴輪」と呼ばれるのでしょうか?
画像出展元:テレビ番組「日曜美術館」より
じつは「埴輪」の漢字に意味があるのです。
「埴」は”赤い土”という意味、「輪」は”取り囲む”という意味があります。
つまり「赤い土で作った古墳を取り囲むもの」という意味で、「埴輪」という名称が付けられているのです。
画像出展元:テレビ番組「日曜美術館」より
3世紀の古墳時代に埴輪の製作は始まりました。
画像出展元:テレビ番組「日曜美術館」より
当時、近畿地方ではヤマト王権が成立していました。
北は東北から南は九州にまでその影響は及びました。
画像出展元:テレビ番組「日曜美術館」より
権力者は自らの墓として巨大な前方後円墳を築かせました。
画像出展元:テレビ番組「日曜美術館」より
その古墳に立てられたものこそ、今回の主役の「埴輪」なのです。
画像出展元:テレビ番組「日曜美術館」より
墓を装飾する要素であった埴輪は、やがて埋葬者の権力や財力の証を示すものになっていきます。
この時代、権力者が亡くなった際に、生きている人間を亡くなった権力者とともに殉葬することがありました。
そして埴輪はその殉葬が元々のルーツだと考えられていたのです。
生贄みたいなことですね!
画像出展元:テレビ番組「日曜美術館」より
しかし近年、考古学の研究が進むうちに「埴輪のルーツは生贄」という考え方が誤りであることが分かってきました。
画像出展元:テレビ番組「日曜美術館」より
この煙突のような形状の物体。こちらもじつは埴輪なのです。
名称は『円筒埴輪』です。
じつは一番古い形の埴輪がこの円筒埴輪でした。
円筒埴輪は、動物・人物・器材の形の埴輪よりも先行して登場しているのです。
画像出展元:テレビ番組「日曜美術館」より
しかし法隆寺ができる頃になると、近畿地方での埴輪制作は衰退していきます。
画像出展元:テレビ番組「日曜美術館」より
その理由の一つは、仏教が伝来し、古墳よりも寺院に重きが置かれるようになったからです。
古墳よりも寺院のほうが、豪族たちにとっての権威の中心になっていくのです。
画像出展元:テレビ番組「日曜美術館」より
その一方で、関東では独自の埴輪が発達していくのです。
人物や動物が個性豊かに表現されていきます。
1時間目 埴輪はリアル
画像出展元:テレビ番組「日曜美術館」より
まず最初に取り上げるのは『挂甲の武人(けいこうのぶじん)』です。
画像出展元:テレビ番組「日曜美術館」より
今回の展覧会では群馬県で出土した5体の『挂甲の武人』が一堂に会しました。
『挂甲の武人』は写実的な美しさがその特徴です。
画像出展元:テレビ番組「日曜美術館」より
中でも特にその造形美が際立っているのが東京国立博物館所蔵のこちら。
国宝に指定されています。
甲冑を身に着け、武器を携えたその姿。
5体の中でも特に精巧に作り込まれています。
画像出展元:テレビ番組「日曜美術館」より
高さは130.4センチ。
身分の高い人物の埴輪と考えられています。
1974年に埴輪として初めて単独で国宝に指定されました。
今回の展覧会はその50周年を記念して開催されました。
画像出展元:テレビ番組「日曜美術館」より
『挂甲の武人』の「挂甲」とは”身に着けいる甲(よろい)”のことで、短冊型の小さな鉄板を紐で組み合わせ作られています。
機動性が高く、当時の最新の甲でした。
画像出展元:テレビ番組「日曜美術館」より
頭部には鉄製の兜と、そこから垂れ下がる頬当て。
画像出展元:テレビ番組「日曜美術館」より
左腕には篭手(こて)が付けられており、その上に弓の弦から腕を守るため鞆(とも)が見られます。
画像出展元:テレビ番組「日曜美術館」より
背面には矢を入れるための道具、靫(ゆぎ)があります。
どれも聞きなれないものばかりですね!
『挂甲の武人』は当時の武人の姿をリアルに表しており、高い技術を持った職人によってつくられたと考えられています。
画像出展元:テレビ番組「日曜美術館」より
また通常だと見えない部分まで細かく作られているのも特徴です。
例えば、この眉毛の部分。
しっかりと眉毛が表されていますが、ここは下から覗き込まないと見えない部分です。
画像出展元:テレビ番組「日曜美術館」より
今回の展覧会で見られる5体の『挂甲の武人』はいずれも群馬県で出土しています。
製作時期はすべて近いですが、その造形には微妙な変化が見られます。
画像出展元:テレビ番組「日曜美術館」より
例えば、矢を入れるための道具ではこのような違いがあります。
2体は背中に付けているのに対して、残りの3体は腰の部分にそれが見られます。
画像出展元:テレビ番組「日曜美術館」より
さらに、国宝の『挂甲の武人』は足の先まで鉄製の防具をつけていますが…。
画像出展元:テレビ番組「日曜美術館」より
他の4体は布製の袴を履いています。
なぜこういった違いが生まれたのでしょう?
東京国立博物館の河野正訓さん曰く、「実在の人物をモデルにして製作した場合もあったが、埴輪そのものをモデルにして作る場合もあった」とのこと。
つまりコピーのコピーを重ねることで、少しずつ変化していったと考えられるのです。
画像出展元:テレビ番組「日曜美術館」より
東京国立博物館の『挂甲の武人』は、元々全体に色彩が施されていたことが分かっています。
画像出展元:テレビ番組「日曜美術館」より
こちらの部分。
よく見ると、うっすら白色が残っているのがわかります。
今回の展覧会では最新の研究結果を元に、製作当初の色のついた状態が復元されました。
画像出展元:テレビ番組「日曜美術館」より
それがこちらです。
思ったより全体的に「白!」って感じですね!
画像出展元:テレビ番組「日曜美術館」より
甲(よろい)のグレーの部分は威し紐(おどしひも)という部分で、鎧の縦の伸縮に関係する紐です。
画像出展元:テレビ番組「日曜美術館」より
甲の紐や鞘(さや)とそれを下げる紐は赤く彩色されています。
画像出展元:テレビ番組「日曜美術館」より
最も特徴的なのは顔の部分。
こちらも真っ赤に塗られていますが、じつは他の古墳でも、顔が真っ赤に塗られた埴輪は見つかっているといいます。
その中には色の塗り分けで当時の化粧を再現しているものもあるのだとか。
画像出展元:テレビ番組「日曜美術館」より
このような色彩にすることで、遠くから見た場合でも「挂甲を着ている武人である」と分かるようになっていたのです。
画像出展元:テレビ番組「日曜美術館」より
『挂甲の武人』はリアリティ溢れる、まさに”超絶技巧”の結晶のような埴輪だったのです。
今回の記事はここまでになります。
Appendix
画像出展元:テレビ番組「日曜美術館」より
重要文化財 埴輪 挂甲の武人
群馬・相川考古館 蔵
画像出展元:テレビ番組「日曜美術館」より
埴輪 挂甲の武人
千葉・国立歴史民俗博物館 蔵
画像出展元:テレビ番組「日曜美術館」より
国宝 埴輪 挂甲の武人
東京国立博物館 蔵
画像出展元:テレビ番組「日曜美術館」より
埴輪 挂甲の武人
アメリカ・シアトル美術館 蔵
画像出展元:テレビ番組「日曜美術館」より
重要文化財 埴輪 挂甲の武人
奈良・天理大学付属天理参考館 蔵