【日曜美術館】大原美術館③【美術番組まとめ】

日曜美術館

2020年12月6日にNHKで放送された「日曜美術館」の【いつもそこに“名画”があった】の回をまとめました。

今回の記事はパート3になります。
前回のパート2はこちら☚からご覧いただけます。

番組内容に沿って、+α(美術検定で得た知識など)をベースに、自分へのメモとして記事を書いていこうと思います。
見逃した方やもう一度内容を確認されたい方は是非ご覧になって下さい(^^♪

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大原美術館 工芸館

画像出展元:テレビ番組「日曜美術館」より

大原美術館には隣接する「工芸館」があります。
こちらは古い蔵を改装した建物で、約400点の工芸品が収蔵されています。
作家ごとにそれぞれの展示スペースが作られているのが特徴です。

画像出展元:テレビ番組「日曜美術館」より

民藝運動で知られる、濱田庄司バーナード・リーチといった有名作家の作品が並びます。
その展示作品のほとんどが、まだ民藝運動が評価されていなかった頃に購入されたものです。

画像出展元:テレビ番組「日曜美術館」より

こちらはバーナード・リーチの通訳を務めた事を機に、陶芸の道へと進んだ富本憲吉(とみもとけんきち)の作品です。

出演者の美村里江さんはこちらの八角形のシンプルな大皿に惹かれました。

画像出展元:テレビ番組「日曜美術館」より

大原美術館館長高階氏によると、日本の伝統的な美術というものは”工芸”が大きく、それがメインともいえるといいます。

一方西洋では、工芸は”minor art”呼ばれ、ある種の劣等的な意味を込めた言い方をされてきました。
その職人も区別され、例えばロココの時代には、画家は宮廷に入る事が出来ましたが、立派なテーブルなど家具を作った職人は宮廷には入る事ができませんでした。


尾形光琳の弟・尾形乾山が焼き物を作り、それに光琳が絵付けをした作品
重要文化財《銹絵観鴎図角皿(さびえかんおうずかくざら)》、東京国立博物館蔵

しかし日本では、”職人”と”画家”はたいへん近い存在で、例えば「琳派」の尾形光琳は屏風などの絵画作品の他にも、衣装の模様であったり、焼き物の絵付けなども手掛けています。
生活的な工芸品も美術となっていたのです。

日本人はこういった皿などの工芸を見た時に、「何を盛ったら美味しそうか?」などと考える事がありますが、西洋では”見る事”と”食べる事”というのは分けて考えられ、こういった感覚も日本人ならではのものだと高階氏は言います。
「味見」という言葉があるように、日本人は味も”見るもの”の一つであり、そこから食事を盛り付ける”器”にも美しさが求められてきたのです。

棟方志功と大原總一郎

画像出展元:テレビ番組「日曜美術館」より

大原美術館・工芸館の中には「棟方志功室」があります。

版画家の棟方志功は、大原家とたいへん深い親交があったといいます。
その出会いは大原總一郎が29歳、棟方志功が35歳の時でした。
当時駆け出しの版画家であった棟方に、總一郎は襖絵の発注をしました。

画像出展元:テレビ番組「日曜美術館」より

こちらは出会いから3年が経った1941年に制作された作品です。
門舞神板画柵(かどまいしんはんがさく)》と題されたこの作品では、有史以前の日本の神々が表されています。

画像出展元:テレビ番組「日曜美術館」より

こちらの《流離頌板画柵(りゅうりしょうはんがさく)》は、和歌を題材にした連作で、紙の裏から色付けする”裏彩色”が見事です。

画像出展元:テレビ番組「日曜美術館」より

こちらは倉敷市の倉敷国際ホテルに飾られている作品です。
このホテルを開業したのも大原總一郎でした。

大世界の柵・坤(こん)━人類より神々へ》と題されたこちらの作品は、棟方志功の版画作品の中でも最大の大きさで、高さ約2メートル、幅13メートルに及びます。

この作品はホテルの開業に合わせて、總一郎棟方に発注をしました。
棟方はこの時既に人気の版画家となっており、当初は多忙を理由に版画ではなく絵にしたいと申し入れたといいます。
しかしその案は總一郎により却下されるのです。

こうして出来上がったのがこちらの作品で、完成した時には出会いから25年の月日が流れていました。

画像出展元:テレビ番組「日曜美術館」より

大原家は実業家でたいへん裕福な家庭に対し、棟方は鍛冶屋の息子の貧しい家の出身でした。
その二人が意気投合するというのは、なんとも面白い話です。

さいごに

画像出展元:テレビ番組「日曜美術館」より

倉敷という歴史ある街、そしてそこにある大原美術館
美術館にも歴史があり、そこには過去・現在だけでなく、未来の芸術家を育てようというヴィジョンがあります。

館長の高階さんは、「美術館は歴史をずっと伝えながら、将来にもつながるもの。それから倉敷の街があって、その街の人から遠くの人、ひいては日本中そして世界中から人々が訪れる。
ここには美術館の歴史という”縦の広がり”と、世界中からお客さんがやって来る”横の広がり”があり、その十字路に美術館は存在するのです」と述べています。

なるほど、深いですね。。。

高階さんはその十字路にある美術館として、歴史と地域の人のために優れた作品を展示していきたいと思っているといいます。

画像出展元:テレビ番組「日曜美術館」より

大原美術館では近隣の子ども達を招待する活動を25年間行っています。
「美術を自由に楽しむ」という、いわば”心の種まき”とも呼べる活動です。

このように地域に根差した活動で、90年の歴史を迎えた大原美術館。
これから先もきっと多くの人の心の拠り所になっていく事でしょう。

今回の記事はここまでになります。
最後までご覧頂きありがとうございました。

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