2025年4月29日にテレビ東京で放送された「開運!なんでも鑑定団」の【染付大皿(伊万里焼)/黄瀬戸】についてまとめました。
番組内容に沿って、それでけでなく+α(美術検定で得た知識など)をベースに、自分へのメモとして記事を書いていこうと思います。
*画像出展元:テレビ番組「開運!なんでも鑑定団」より
染付大皿
依頼品は直径は41センチの染付大皿。

ぴたり!20万円!
「江戸時代後期に佐賀県有田で焼かれた伊万里焼です」
「大きく描かれているのがバショウですね」
「そして後ろに山水を描く。伊万里焼はよくやっている文様構成なんです」
「ただ中国風に見えるというのは、このお皿が作られた江戸時代後期は中国ブームがあったんですね」
「高台の中に『乾』という字が書いてあります。中国・清朝で最も栄えた乾隆帝。その乾隆の乾の字ですね。中国風の文字っていうことで、それを映して書いてるんですよ」
「大きさも立派です。ぜひ大切になさってください」
幻の焼き物 黄瀬戸
安土桃山時代、千利休によって完成を見た”侘茶”は、簡素な中に深い精神性を見出すというものであった。
その美意識は当然、茶道具にも及んだ。
それまで中国の模倣に過ぎなかった日本の焼き物に新たな風を吹き込んだ。
これに伴い、美濃国で独自の美を追求した焼き物が誕生する。
温かみのある乳白色の志野。
漆黒の極致の瀬戸黒。
そして素朴な色合いながらも気品漂う黄瀬戸である。
瀬戸黒や黄瀬戸が美濃で焼かれながらもこう呼ばれるのは、中世より続く古瀬戸の流れを汲んでいるためである。
瀬戸黒が茶碗以外ほとんど焼かれなかったのに対し、
黄瀬戸で作られたのは主に向付や鉢などの茶の湯の高級食器で、これらは中世の窯にはなかった全く新たな造形であった。
黄瀬戸の最大の魅力はやはり独特の黄色にあるといえよう。
これは草木の灰と長石を混ぜた釉薬をかけて焼いた後、灰に含まれる微量の鉄分が酸化することにより生まれる。
ろくろを用いて成形するため、形は歪みがなくすっきりとしており、薄作りのものが多い。
装飾は至ってシンプルで、唐草文や草花文を流麗な線で彫り上げ、胆礬(たんぱん)と呼ばれる硫酸銅の緑色や、
鉄釉による茶色をわずかに添えるのみである。
こちらは初期の名品で、利休が茶会で使用したと伝わる花入。
透明感のある色合いと胴がくびれた端正な姿は、簡素静寂を重んじる茶の湯の精神に合致しており、現在国の重要文化財に指定されている。
16世紀後半になると、表面に僅かなざらつきがあるものが作られた。
その肌合いが油揚げに似ていることから、茶人たちはこれを油揚手(あぶらげで)と呼び、とりわけ珍重した。
この油揚手は胆礬の緑が良く映え、黄瀬戸を代表する技法だが再現するのは極めて困難である。
後に天下の名工と呼ばれる荒川豊蔵や加藤唐九郎が全精力をかけて挑んだが、
彼らの力量を持ってしても、満足のいくものを生み出すのに30年余りを要したほどであった。
17世紀初頭、同じ美濃で古田織部が創始した織部焼が登場すると、茶人たちの好みに変化が生まれる。
その結果、黄瀬戸はわずか40年ほどで姿を消してしまった。
それゆえ黄瀬戸は「幻の焼き物」と呼ばれている。
黄瀬戸の向付
改めて依頼品を見てみよう。
黄瀬戸の向付である。
独特の黄色の肌はざらついており、まさしく油揚手で、
見込みと胴に草花文が控えめにあしらわれており、
胆礬の緑も実に美しい。
さらに胴紐と呼ばれる装飾が一筋、胴の中央に施されており、いかにも桃山時代の黄瀬戸と思わせるが…
果して鑑定やいかに?
残念 偽物

残念!1万円!
「近現代に作られた偽物です」
「こういうふうにザラついて、カリカリとしたもんじゃないんですね」
「本物はね温もりのある鉄釉で黄釉がたっぷりかかってる。焼きたてのビスケットのように、ふっくらふくよかで持った時の感触がしとっとしてるもんなんです」
今回の記事はここまでになります。