【アートステージ】東西納涼対決【美術番組まとめ】

アート・ステージ

2020年8月22日にTOKYO MXで放送された「アート・ステージ~画家たちの美の饗宴~」の【東西納涼対決】の回をまとめました。

番組内容に沿ってそれでけでなく+α(美術検定で得た知識など)をベースに、自分へのメモとして記事を書いていこうと思います。

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イントロダクション

今回は夏の暑い日にぴったりの、背筋の凍るゾクッとする作品を、日本美術から一点、西洋美術から一点ご紹介していきます。

『百物語』より「さらやしき」葛飾北斎

皆さまは、『番町皿屋敷』というお話はご存知でしょうか?

井戸から「いちま~い、にま~い」と聞こえてくるっていう怪談話ですね。

主人公であるお菊さんが、奉公先の大事な十枚の皿のうち、一枚を誤って割ってしまいます。
その罰として、右手中指を切り落とされた挙句、狭い部屋に監禁されてしまいまうのです。
そして夜にお菊さんは部屋を抜け出し、屋敷の裏にある井戸に身を投じて、亡くなってしまいます。

番町皿屋敷』は芸術の分野で人気のテーマとなり、歌舞伎や浄瑠璃の演目になったり、浮世絵でも頻繁に描かれてきました


『百物語』より「さらやしき」1831年頃
葛飾北斎

あの葛飾北斎も『番町皿屋敷』を主題に作品を描いています。

深みのある青で表現された闇夜をバックに、まるでろくろ首のように、井戸からお菊さんの首が這い出ています。
お菊さんが夜な夜な数える皿は、なんと連ねられて、長い首が表現されています。

さすがは北斎さんといった感じですね!

その顔は青白く、虚ろな眼差しです。
口元からこぼれ出る吐息は、霊魂のようでもあります。

北斎の冴えわたるセンスは、お菊さんのみならず、大胆にデフォルメされた井戸や、効果的にあしらわれた葉の表現に見る事ができます。

円山応挙が描いた幽霊

我々日本人は”幽霊”というと足のない姿をイメージしますが、じつはこれは日本独自のものなのです。


《返魂香之図(はんごんこうのず)》江戸中期
円山応挙
久渡寺蔵

その日本独自の”足のない幽霊”を最初に描いたのは、江戸時代中後期に京都で活躍した円山応挙だと言われています。

西洋美術と幽霊

それでは、西洋絵画で描かれた幽霊に目を向けてみましょう。
…と言いたい所ですが、じつは西洋ではキリスト教信仰による死生観により、幽霊やお化けの類をそのものズバリと描いた作品はあまりないといいます。


《バンクォーの亡霊》
テオドール・シャセリオー
フランス、ボザール美術館蔵

そんな中でも絵画で取り上げられた幽霊がいます。
それが「文学作品に登場する幽霊」です。

シェイクスピアの作品は亡霊や妖精など、非現実的な存在が頻繁に登場します。

フランス・ロマン主義の画家、テオドール・シャセリオー(Théodore Chassériau、1819-1856)が描いたこの作品では、シェイクスピアの『マクベス』の一場面が表されています。

《夢魔》フュースリ


《夢魔》1781年
ヨハン・ハインリヒ・フュースリ
デトロイト美術館蔵

見るからに恐ろしいこちらの作品。
タイトルの『夢魔』というのは、夜に現れる悪魔のことで、この絵では女性の上に鎮座するのがその夢魔です。

夢魔は眠る人々の夢の中に入り込んでは、その人を苦しませるとして、西洋では恐れられてきた存在です。


苦しそうに横たわる女性の上でうずくまる夢魔。
こちらを睨みつけ、邪悪な雰囲気を醸し出しています

暗い中に描かれ、その姿形ははっきりとしていませんが、背後の赤いカーテンには夢魔の角がはっきりと映っています。


夢魔の横から顔を覗かせるのは、一頭の馬です。
黒目のない白目だけのその目は、不気味そのものです。

この作品の原題は”Nightmare”(=悪夢*その語源は「夜の悪魔」)です。
この単語を”Night“と”mare“に分けると、「夜の雌馬(めうま)」という意味になります。
つまりこの馬は「悪夢」の隠喩として描かれた、とも取れるのです。


夢魔の方に話を戻しましょう。
じつは夢魔には、この作品のように女性を襲う夢魔と、男性を襲う夢魔2種類がいます。
女性を襲う夢魔の方はインクブスと呼ばれ、「上に乗る」という意味を持ちます。
一方、男性の夢の中に現れるのはスクブスという名で、「下になる」という意味がその名の由来です。

そしてこの夢魔、すなわちインクブスの真の目的は、ただ悪夢を見せるだけではなく、寝ている女性を襲って悪魔の子を身籠らせることなのです。

怖ッ!

画家:ヨハン・ハインリヒ・フュースリ

夢魔》を描いたヨハン・ハインリヒ・フュースリ(Henry Fuseli、1741-1825)は、スイスで生まれ、イギリスで活躍しました。

フュースリ《ハムレットとその父の亡霊》

シェイクスピアの『ハムレット』や『オセロ』に登場する亡霊たちを独自のタッチで描き、一世を風靡しました。

怪奇と幻想に満ちた彼の作品は高い評価を受け、ロイヤル・アカデミーの院長にまで上り詰めています。

「崇高」という概念

この恐ろしい「夢魔」ですが、当時のイギリスでは人気を博していたといいます。

この国では産業革命により、それまでの手工業から大量生産に代わり、社会の仕組みや人々の生活が大きく変わりました。
合理性や生産性が重視されるその反動で、”夢”や”幻想”といったオカルト的なものへの関心も高まっていきました。

それと同時に「崇高」という新しい美の概念も生まれます。
それは人知を超えたものが人間にもたらす、不安や畏怖の念です。
そういった恐れの感情が「崇高な美」をもたらす、とこの美学は説きました。

エドマンド・バーク(Edmund Burke、1729-1797)

特にイギリスの政治思想家であり哲学者のエドマンド・バーグが1757年に著した『崇高と美の観念の起源』は「崇高の美学」を唱えたものとして良く知られています。

《夢魔》の様々なバリエーション

夢魔》が発表された時代は、その急激な変化により、人々が無意識に恐怖や不安を抱えているような時代でした。
それをある意味視覚化したこの作品は、多くの人々の心を捉えたのです。

フュースリは《夢魔》の成功を受けて、いくつかの複製画を描いています。


《夢魔》1791-92年
ヘンリー・フュースリ
フランクフルト、ゲーテ博物館蔵

最も有名なのが最初にご紹介したオリジナルのデトロイト美術館が所蔵する作品ですが、その次によく知られているのが、こちらのゲーテ博物館が所蔵するバージョンです。


《夢魔》1800-10年頃
ヘンリー・フュースリ
アメリカ、ヴァッサー大学、フランシス・リーマン・ロブ・アート・センター蔵

2017年に開催された『怖い絵展』では、こちらの米国の大学が所蔵する《夢魔》が展示されていました。
たいへん盛況な展覧会でしたので、ご覧になられた方も多いのではないでしょうか。

さいごに

日本と西洋の怖い絵を見てまいりましたが、いかがでしたでしょうか。
画家たちは目には見えない恐怖や不安、そして非現実を趣向を凝らして画面に表現してきました。

彼らは絵筆を使い、目には見えないものさえも表現して、人々を魅了してきたのです。

今回の記事は以上になります。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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