正倉院の扉①【美術番組まとめ】

その他美術番組

2025年10月24日にNHKにて放送された【正倉院の扉】をまとめました。

番組内容に沿ってそれだけでなく+α(美術検定で得た知識など)をベースに、自分へのメモとして記事を書いていこうと思います。

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(1)Bar平城京

画像出展元: テレビ番組「正倉院の扉」より

奈良・東大寺の一角に建つ正倉院
ここには奈良時代から伝わる宝物約9000点が納められてきました。

画像出展元: テレビ番組「正倉院の扉」より

現在、昭和の時代に作られた鉄骨鉄筋コンクリート造の西宝庫に宝物は移されていますが、その宝庫が開かれるのは年に一度だけです。

それではさっそく正倉院宝物を見ていきましょう。

画像出展元: テレビ番組「正倉院の扉」より

まず紹介する正倉院宝物は『漆胡瓶(しっこへい)』です。
こちらは水差し(今でいうポット)の役割をもつものでした。

じつは平城京にはお酒を作る所があり、そこには天皇専用の酒を作る井戸もあったといいます。
もしかすると、この『漆胡瓶』にはお酒を入れて聖武天皇が嗜んでいた…なんてこともあるかもしれません。

こちらの宝物の特徴は他のものに比べてシルクロードと深い関係があることです。

画像出展元: テレビ番組「正倉院の扉」より

ぼてっとした特徴的なフォルムをしていますが、これは”鳳凰”をイメージしたものと考えらえています。
またこのデザインはペルシャで生まれたものです。

画像出展元: テレビ番組「正倉院の扉」より

ふくらみのある胴の部分は、薄い木の板をぐるぐると巻いて作られており、これは当時の東南アジアの技術によるものです。

画像出展元: テレビ番組「正倉院の扉」より

東南アジアから唐にもたらされ、さいごに漆でシックなデザインに仕立てられたのです。

画像出展元: テレビ番組「正倉院の扉」より

つまり、ペルシャからシルクロードを通って唐に伝わったのです。

胡(ペルシャ)の国の、瓶(へい、びん)ということで「しっこへい」という名称がついたのです。

画像出展元: テレビ番組「正倉院の扉」より

表面には銀の薄い板で作られた動物や植物の模様が隙間なく貼られています。
製作当時は漆で黒光りし、その中に銀の模様が映え、さぞ輝いていたことでしょう!

今でも十分素敵ですが!

次に正倉院宝物の始まりについて見ていきましょう。

画像出展元: テレビ番組「正倉院の扉」より

第45代天皇聖武天皇(701-756)は仏教を深く信奉し、 仏教によって国を守る「鎮護国家」を掲げたお方です。
あの奈良の大仏様を作ろうとお決めになったのも聖武天皇です。

画像出展元: テレビ番組「正倉院の扉」より

その聖武天皇がお亡くなりになった際に、天皇の身の回りの品々をお后の光明皇后が大仏様に捧げたのが正倉院宝物の始まりです。

画像出展元: テレビ番組「正倉院の扉」より

こちらは『瑠璃坏(るりのつき)』と呼ばれる宝物です。
綺麗なコバルトブルーが魅力的です。

画像出展元: テレビ番組「正倉院の扉」より

ガラスの部分は『漆胡瓶』と同じくペルシャで作られたものです。

画像出展元: テレビ番組「正倉院の扉」より

一方で脚の部分は、よく見ると龍が描かれているのが分かります。
このことから脚部は中国か朝鮮半島で作られたものと考えられています。

画像出展元: テレビ番組「正倉院の扉」より

こんな素敵なグラスでどんなものを飲んでいたのでしょう…
想像が膨らむ宝物です。

(2)たからものリスト

画像出展元: テレビ番組「正倉院の扉」より

正倉院には奈良時代から伝わる宝物が約9000点納められてきました。

画像出展元: テレビ番組「正倉院の扉」より

膨大な数の宝物は当時からリスト化され、しっかりと残されていました。
それがこちらの『東大寺献物帳』の中の1通、『国家珍宝帳』です。

画像出展元: テレビ番組「正倉院の扉」より

全長14メートル以上の巻物に聖武天皇が生前使っていた品々660点以上が記されています。
全面には「天皇御璽(ぎょじ)」の朱印が捺されています。

14メートルは4階建てのビルと同じなんだとか!

国家珍宝帳』に書かれた宝物の順番にも実は意味があるといいます。

画像出展元: テレビ番組「正倉院の扉」より

こちらには仏教を篤く信仰した聖武天皇らしく、愛用の袈裟が書かれています。

画像出展元: テレビ番組「正倉院の扉」より

ベッドや肘掛け、枕といったプライベートな品々も目録に並びます。

画像出展元: テレビ番組「正倉院の扉」より

東大寺献物帳』の他にもう1つ、大事なリストがあります。
それが光明皇后が納めた『種々薬帳』です。

光明皇后が大仏様に献納した60種類に及ぶ薬物が記されています。

画像出展元: テレビ番組「正倉院の扉」より

サイのツノは毒消しの効果があるといわれていました。
さらには胡椒などの香辛料、今も薬として使われる大黄や薬用人参も書かれています。

納めた薬物のリストだけでなく、その個数や重さまでしっかり記されています。

画像出展元: テレビ番組「正倉院の扉」より

種々薬帳』の願文には「病気に苦しむ人がいたら施すように」と書かれており、光明皇后の御心の深さが感じられます。

画像出展元: テレビ番組「正倉院の扉」より

その他にも施薬院(せやくいん)や悲田院(ひでんいん)を設立し、貧しい人々や孤児、老人たちに救いの手を差し伸べられました。

(3)大仏様の目覚め

画像出展元: テレビ番組「正倉院の扉」より

こちらは正倉院宝物の『天平宝物筆』です。

画像出展元: テレビ番組「正倉院の扉」より

一見するとただの筆ですが、じつは全長57センチにも及ぶ巨大な筆で、その長さは女性用の傘と同じくらいです。

画像出展元: テレビ番組「正倉院の扉」より

こちらはそんな筆の相棒ともいえる墨、『天平宝物墨』です。

画像出展元: テレビ番組「正倉院の扉」より

こちらも非常に大きく、子供用の傘と同じくらいのサイズです。

どうしてこんなに大きな筆と墨が作られたのでしょう?

画像出展元: テレビ番組「正倉院の扉」より

それはずばりこれらの宝物は、大仏様に向けて使われたものだったからです。

画像出展元: テレビ番組「正倉院の扉」より

752(天平勝宝4)年4月9日、大仏開眼会が執り行われました。
約一万人の人が参列したといわれています。

画像出展元: テレビ番組「正倉院の扉」より

大仏様にお目覚め頂くこの開眼会の際に、この筆と墨が黒々とした瞳を書き入れたのです。

画像出展元: テレビ番組「正倉院の扉」より

じつは大仏開眼会は、大仏様が完成する前に行われました
その理由は聖武天皇の体調がおもわしくなかったからです。

本来であれば聖武天皇自らが筆をとり、大仏様の瞳を入れる予定でしたが、インドの僧侶の菩提僊那が代わりに大役を務めました。

画像出展元: テレビ番組「正倉院の扉」より

こちらは『縹縷(はなだのる)』と呼ばれる宝物です。
大仏開眼会の際に筆の端に結ばれ、そこから伸びる紐を参列者たちが手に取りました。
この紐を手にして功徳に与ったと考えられます。

そのおかげもあってか、体調が思わしくなかった聖武天皇は大仏開眼会から約4年間長生きしました

画像出展元: テレビ番組「正倉院の扉」より

そのため長さは200メートルにも及びます、

素材は藍染めした絹の紐です。
”縹(はなだ)”とは薄い藍色を指す日本の伝統色のことで、”縷(る)”とは「細い糸」や「糸のように細長いもの」という意味です。

(4)仏教最高!

画像出展元: テレビ番組「正倉院の扉」より

こちらの『漆金薄絵盤(うるしきんぱくえのばん) 』は仏前に置かれたお香を焚くための台です。

画像出展元: テレビ番組「正倉院の扉」より

特徴的な形をしていますがこちらハスの花で、極楽浄土に咲く花の形をモチーフにしているのです。

花びらに描かれているデザインは全て異なっており、それぞれ仏にまつわる世界が表されています。

画像出展元: テレビ番組「正倉院の扉」より

漆金薄絵盤』は、一対のペアとして作られました。

画像出展元: テレビ番組「正倉院の扉」より

仏前の両サイドに置かれたと考えられています。

非常に優れたデザインのこちらの宝物。
正倉院に伝わる仏具はなぜこんなにも魅惑的なのでしょう?

画像出展元: テレビ番組「正倉院の扉」より

聖武天皇は仏教の教えに基づいて国の平和を願いました。
そのためには多くの人に仏教に興味を持ってもらう必要がありました。

そこでこの宝物のような、魅力的なビジュアルのものを用意したのです。
何かわからないけど、仏教の世界はキラキラしてる」と思わせることで、人々の興味を引きつけたのです。

続いての宝物もそんな煌びやかさを持つものです。

画像出展元: テレビ番組「正倉院の扉」より

犀角如意(さいかくのにょい)』です。
如意とはお坊さんが持つ棒のことです。

ぱっと見、孫の手に見えるこちらの宝物。
実はその通りで、孫の手がいつのまにか仏具になりました。

画像出展元: テレビ番組「正倉院の扉」より

とても豪華な作りになっていて、サイの角・象牙・真珠・水晶があしらわれています。

画像出展元: テレビ番組「正倉院の扉」より

柄の部分は色違いに染めた象牙を交互に配して、その中心に水晶がはめ込まれています。

画像出展元: テレビ番組「正倉院の扉」より

反対側もサイの角と象牙で装飾されており、細部までぬかりがありません。

仏教に関する宝物はこのように華やかさがあるのが特徴です。

(5)平城京ミュージック

画像出展元: テレビ番組「正倉院の扉」より

今回取り上げるのは『螺鈿紫檀五弦琵琶』です。
正倉院宝物の中でも高い人気を誇る、”絶対的エース”ともいえる宝物です。

画像出展元: テレビ番組「正倉院の扉」より

人気の秘密はなんといっても華麗な装飾。
(ばち)を受ける部分には、ラクダに乗って琵琶を弾く人が螺鈿で表されています。

画像出展元: テレビ番組「正倉院の扉」より

琵琶の裏側もびっしりと装飾されています。
宝相華という豊麗な花と唐草による文様が表されています。

画像出展元: テレビ番組「正倉院の扉」より

弦が五本の琵琶はインドが起源です。
通常琵琶は弦が4本、5本のものはこの『螺鈿紫檀五弦琵琶』が世界で唯一です。

画像出展元: テレビ番組「正倉院の扉」より

この宝物は撥の部分に弾いた後が残ってることから、実際に演奏に使われたものと考えられています。

画像出展元: テレビ番組「正倉院の扉」より

螺鈿紫檀五弦琵琶』の重さは3キロ強あり、これは正倉院にある他の琵琶よりも軽い作りだといいます。

画像出展元: テレビ番組「正倉院の扉」より

正倉院には弦楽器だけではなく、打楽器も収められています。
こちらは『磁鼓(じこ)』と呼ばれる太鼓の宝物です。

画像出展元: テレビ番組「正倉院の扉」より

腰にさげて両手で叩く太鼓で、腰鼓(ようこ)と呼ばれました。

画像出展元: テレビ番組「正倉院の扉」より

この宝物は三色に彩られた焼き物です。
インドが起源で当初は木で作られていましたが、それが唐に渡り、日本に伝わった時には陶器で作られるようになりました。

奈良時代の日本はインドやペルシャ、そして唐といったさまざまな国の文化を積極的に取り入れようとしていたのです。

今回の記事はここまでになります。

漆胡瓶 – 正倉院
瑠璃坏 – 正倉院
天平宝物筆 – 正倉院
縹縷 第1号 – 正倉院
漆金薄絵盤 乙 – 正倉院
漆金薄絵盤 甲 – 正倉院
犀角如意 第5号 – 正倉院
螺鈿紫檀五絃琵琶 – 正倉院
磁鼓 – 正倉院

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