2026年6月2日にテレビ東京で放送された「開運!なんでも鑑定団」の【平安時代の薬師如来像】についてまとめました。
番組内容に沿って、それでけでなく+α(美術検定で得た知識など)をベースに、自分へのメモとして記事を書いていこうと思います。
*画像出展元:テレビ番組「開運!なんでも鑑定団」より
奥深き仏像の世界

仏像とは釈迦をはじめとする仏を目に見える姿に表し、

仏教の礼拝の対象として作られた像である。

世界で初めて仏像が誕生したのは釈迦がこの世を去ってから500年以上も後のこと。

なぜなら初期仏教では、極めて尊い存在である釈迦の像を作るのは畏れ多いとされたからである。

それでも人々の「仏の姿を拝みたい」という欲求は次第に高まっていき、1世紀頃になると現在のパキスタン北西部ガンダーラと、インド北部マトゥラーでほぼ同時期に仏像が作られると、やがてアジア全域へと広まった。

日本では538年に百済の聖明王(せいめいおう)から欽明天皇へ経典と共に贈られた仏像が最初とされる。

やがて仏教が伝播するに伴い、国内でも本格的な仏像が作られるようになった。

仏像には大きく分けて4つの種類があり、尊格と呼ばれるランクが存在する。

天部(てんぶ)は仏教成立以前に、古代インドで信仰されていた土着の神が仏教に取り入れられたもの。
例えば、こちらの毘沙門天。
もともとは古代インドでヒンドゥー教の神(財宝神クベーラ)であったが、後に仏教に取り入れられ、尊格の中では毘沙門天として天部に属している。

帝釈天もまた元はヒンドゥー教のインドラという神であったが、やがて仏教に取入れられ、毘沙門天と同じく天部に属する存在となった。

一つ上の位の明王は密教から生まれた仏である。

教えを説いても聞かない不届き者に布教するため、恐ろしい形相をしている。

菩薩は悟りを求める修行者の姿である。

出家前、小国の王子であった釈迦をイメージした煌びやかな装飾が特徴。

そして尊格の最上位に位置するのが如来である。

如来とは悟りを開いた者のこと。

もともとは開祖である釈迦如来だけであった。

しかし仏教が広まるにつれ、念仏を唱えれば極楽浄土に導いてくれる阿弥陀如来や、

病気を治し長寿を与えてくれる薬師如来など徐々に種類が増えていき、

各地でさまざまな如来像が作られた。

例えば、五劫思惟阿弥陀像(ごこうしゆいあみだにょらいぞう)。
螺髪が巨大化したその特異な姿は、阿弥陀如来が人々を救うため、およそ216億年ともいわれる途方もない時間をかけて思案した逸話に基づいている。

時間の長さをおびただしい頭髪の量で表しており、全国に十数体存在するとされる。

山口県・願行寺の立木薬師如来像。

こちらのお像は境内にそびえ立つカヤの大木に直接彫られたもの。
風雨にさらされ、表面は傷んでしまっているが、江戸時代の天才仏師・木喰五行(もくじきごぎょう、1718-1810)の作と伝わる。

日本人なら誰もが知る東大寺の毘盧遮那仏。
通称・奈良の大仏様も如来像の一つである。

毘盧遮那如来とは、宇宙をあまねく照らす真理そのものを表した如来のこと。
この大仏は奈良時代、国が争いや飢饉、天然痘の流行などの数々の災いに見舞われた際、仏教の力で安定させるべく聖武天皇の発願によって造られた。

実は今の大仏様は三代目で、平安時代末期と戦国時代の二度、焼き討ちに遭っている。
しかしその都度、信仰する人々の熱意によって補修され今に残されている。
約1000年前に作られた 平安時代の薬師如来像

改めて依頼品を見てみよう。
『薬師如来坐像』である。

その表情はとても穏やかである。

しかし螺髪や大きな布を巻きつけただけの衣は深い彫りで力強く表されている。

膝前と両手は仏像よりも後年に作られたもの。

また背面にも補修の跡があるよう。
果して鑑定やいかに?
大珍品 1500万円!


すごい!1,500万円!

「とても力強くて見事な薬師如来です」

「時代は平安時代、9世紀から10世紀に作られたものなんです。この時代の仏像はとても少なくて貴重なんですけども、ましてや家に飾れて手頃な大きさであるということが、珍しいと思いますね」

「これと同じ寸法くらいなのが奈良国立博物館(薬師如来坐像)にありまして」

「それも平安時代とされてるんですけれども国宝になってるんですよ」

「ですから民間でこのようなものが出てくるということが、とても貴重なんです」

「材質をよく見ますと、非常に細かい木目を使ってるんですね」

「お顔の中心部の鼻。年輪のいちばん真ん中のところを使ってるんですよ。おそらく強度を強くするためにそのように作ったと思われるんですけれども、仏師の配慮と技術が感じられます」
今回の記事は以上になります。
