2026年9月15日にテレビ東京で放送された「開運!なんでも鑑定団」の【ガンダーラの仏像10点/ステンドグラス】についてまとめました。
番組内容に沿って、それでけでなく+α(美術検定で得た知識など)をベースに、自分へのメモとして記事を書いていこうと思います。
*画像出展元:テレビ番組「開運!なんでも鑑定団」より
仏像発祥の地 ガンダーラ

ガンダーラとは、現在のパキスタン北西部ペシャワール渓谷一帯の古い地名で、仏像発祥の地といわれることから、その名は世界に知られている。

仏教は釈迦の教えを元に古代インドで生まれたが、釈迦が入滅したとされる紀元前4世紀から500年余りの間、仏像は作られなかった。

その理由は、初期仏教では偶像崇拝の概念がなかったからである。

しかし2世紀頃、ガンダーラを拠点とするクシャーナ朝のカニシカ王が仏教を手厚く保護すると、

広く人々に帰依を促すべく、釈迦の像を求める機運が高まった。

これはガンダーラでは古くからヨーロッパとの交易が盛んで、

神々の像を彫刻するという、古代ギリシャや古代ローマの文化に影響を受けたためであろう。

それ故この地で作られた仏像は、彫りが深く鼻筋が通っており縮れ髪で、まるでギリシャ彫刻を思わせる。

一方、目はやや細く伏し目がちで、深い精神性を感じさせる。

ガンダーラ仏の中でとりわけ傑作とされるのが「苦行像」である。
6年間、断食などの厳しい修行を積んだ釈迦の痩せこけた姿を凄絶(せいぜつ)そのもの。
そのリアルな表現が釈迦の崇高な精神を伝えている。

当初は石を彫ったものが多かった。

しかし、3世紀頃から粘土と石灰を混ぜたストゥッコ、すなわち漆喰による像が現れた。

これらが盛んに作られたのは現在のアフガニスタン東部・ハッダである。

ストゥッコは、石に比べて軟らかな素材であることから温かみがあり、

表情も穏やかなものが多い。

中にはうっすらと赤い色が残る作もあり、

ベンガラによる彩色も行われていたようだ。

しかし5世紀以降、ガンダーラにヒンドゥー教やイスラム教が伝わると、仏教は次第に衰退し、やがて仏像も作られなくなってしまった。
ガンダーラの仏像 10点

改めて依頼品を見てみよう。
5点が石で作られたもので、5点がストゥッコである。

最も大きな釈迦の像は高さ42cm。

半眼で口元に笑みをたたえ、

頭頂部には悟りの象徴である肉髻(にくけい)が。

こちらも同じく釈迦の像だが、修業中の姿で髪を高く結い上げ、口ひげをたくわえている。

こちらは釈迦の聖母のマーヤー夫人(ぶにん)の像で、頭部には大きな花があしらわれている。

こちらの2点は仏伝図。
仏伝図とは釈迦にまつわる出来事を絵画的に表現したもの。

一方、ストゥッコは全て釈迦で1点が全身の座像、4点が頭部の像である。

なかには赤い顔料が残ったものも見られるが…

果して鑑定やいかに?
全て本物!1020万円


まさかの1,000万超え!

「いいコレクションです。本当に素晴らしいコレクション」

「どれも状態がいい。10点全部本物ですよ」

「大英博物館やパリのギメでご覧になったものと同類の系統のもので、世界の名だたる美術館にも遜色ないくらいの質のもの」

「石造のほうが大体2~3世紀くらいのものが多いんです」

「上のストゥッコのアフガニスタンのハッダのものは、大体3世紀から5世紀くらいですね」

「(ベンガラの赤いマークは)当時のものがそのまま」

「まとまって持っておられるというのは貴重なので、大事になさっておられたら、もっと価値があがるんじゃないかと思います」
荘厳な輝き ステンドグラス

フランス、サント・シャペル。

高さ15mの壁面すべてに嵌め込まれたステンドグラスが荘厳な光を放っている。

描かれているのは1113にも及ぶ聖書の場面などで、これらはキリスト教を広く布教するために作られた。

ステンドグラスとは着色ガラスの小片を鉛の桟(さん)で結合し、絵や模様を表現したもの。

絵付けをする際には特殊な顔料で描き、窯で焼き付ける。
この工程を何度も繰り返すため、極めて手間がかかる。

その起源ははっきりとしないが、現存最古のものは9世紀頃に作られたとされるキリストの頭部の破片で、当初は主に教会の窓に用いられた。

12世紀に入るとヨーロッパ各地でゴシック様式の建築が流行。
教会の天井が高くなり、ステンドグラスもより大きなものが作られるようになった。

この時代の最高傑作がフランスのシャルトル大聖堂のステンドグラスであろう。

直径13メートルもあるバラ窓に描かれているのは聖母マリア礼賛の物語で、外光がさすと色彩が複雑に変化し、息をのむほど美しい。

またひと際鮮やかな青は「シャルトル・ブルー」と呼ばれ、今なお人々を魅了し続けている。

この頃はグリザイユという褐色の顔料しかなかったが、

輪郭線を描くだけでなく、ガラスの部分部分にこの顔料を薄く焼き付け、光の量を巧みに調整した。

14世紀になるとジョーヌ・ダルジャンと呼ばれる顔料が登場し、人物の表現に画期的な変化が訪れる。

これは銀化合物に黄土を混ぜたもので、焼成すると銀の成分がガラス内部に浸透し、

金色に発色する。

それまで顔と髪は別々のガラスで表現していたが、この顔料を髪に用いることで1枚のガラスでできるようになったのである。

16世紀になりエマイユという顔料が登場すると、

赤・青・黄・緑など色彩が飛躍的に増え、

油絵のような表現も可能になった。
しかしこの顔料は表面にもう一層色ガラスが重なるため、透明度が下がってしまった。

その結果、本来の光をどう見せるかという魅力が失われてしまった。
ここからステンドグラスは冬の時代を迎えてしまう。

優れたものが再び作られるようになったのは、19世紀に入り、ゴシック建築の復興運動(ゴシック・リバイバル)が起きたことによる。

各地の教会に残っていた中世の傑作を手本に、当時の最新の技術で再現した作品の数々は、多くの人々を魅了。

更にその後、アール・ヌーボーが流行すると、

斬新で芸術性に富んだ作品が次々と登場し、ステンドグラスは公共の建物や個人の住宅にも広く普及したのであった。
1840年頃のステンドグラス

改めて依頼品を見てみよう。
縦121センチ・横50センチのサイズの、かつて教会で使われていたというステンドグラス。
右手にペン、左手に巻物を持った聖人と、その傍らに巻物を指さす天使が描かれている。

2人の顔の描写は実に緻密である。

よく見ると背景のガラスにも細かな模様が施されている。
果して鑑定やいかに?
名品!170万円


なんと!170万円!

「素晴らしい作品ですね」

「制作された年代は1840年前後。イギリスのガラスではないんですよね。イタリア人の絵付け職人がフランス工房で作ったものではないかなと」

「何が描かれているか、聖パウロです。異教徒への伝道師」

「手紙を持っているというのが、聖パウロのしるし(アトリビュート)なんですね」

「下にいる天使」

「目鼻の表現。髪の毛の線の描き方。立体感・ボリューム感・影の表現。これも非常に美しいです」ね。

「それから衣。たっぷりと表現されているんですね。なかなかこうはいかないです」

「残念なのは主役の聖パウロ。この顔は入れ替えられてます」

「天使と絵付けの職人の技術が違うんです。200年近い前のものですから何回か修復されてますけれども、非常に綺麗な修復。大事にとっておいていただきたいと思いますね」
今回の記事は以上になります。
