2026年4月21日/28日にテレビ東京で放送された「開運!なんでも鑑定団」の【東郷青児の油絵】についてまとめました。
番組内容に沿って、それでけでなく+α(美術検定で得た知識など)をベースに、自分へのメモとして記事を書いていこうと思います。
*画像出展元:テレビ番組「開運!なんでも鑑定団」より
女性の美を追求し続けた画家 東郷青児

その画家の絵を鑑賞できるのは美術館だけではない。
例えば、このバウムクーヘンの包装紙には今回取り上げる画家の絵が。

画家の名は東郷青児。
言わずと知れた日本洋画界の巨匠である。

ではなぜその画業はキャンバスだけにとどまらなかったのか?

1897年、東郷は鹿児島鹿児島市に生まれる。
5歳の時に一家で上京し、青山学院中学部時代に絵を学び始めた。

この頃から用いた「青児」の号は青山学院の校名に由来する。

18歳の時、知人の紹介で日本を代表する作曲家・山田耕筰と出会う。

彼から西洋の前衛絵画(画像はボッチョーニの作品)を紹介されると、大いに興味を抱き、貪欲に吸収した。

こちらは19歳で「二科展」に出品した《パラソルさせる女》。

画面全体を幾何学的な形に分割。
色彩との交錯がまるで万華鏡を思わせる意欲作で、「日本の未来派あらわる」と絶賛され、見事二科賞を受賞。
華々しいデビューを飾った。

更なる飛躍を求め、パリに渡ったのは24歳の時。

ピカソら気鋭の画家たちと交流を重ねる一方、ルーヴル美術館で目にしたラファエロなどの古典絵画にも惹かれ、自己の進むべき道を模索し続けた。

7年後、31歳で帰国したものの絵は売れず困窮。

そんな中出会ったのは、後に生涯の伴侶となる盈子(みつこ)で、愛すべき女性に救いを求めていくうち、道が開かれていく。

それまでの迷いを断ち切るかのごとく、描き出したのは陶器のような滑らかな肌と、

憂いを秘めた、甘美で幻想的な女性像。

西洋のモダンさと日本的な叙情性が見事に融合した独自の美の世界は、”東郷様式”と呼ばれ、人々を大いに魅了した。
幅広い画業で人々を魅了

更にその画業はさまざまな分野に拡大していく。
本の装丁、企業広告、洋菓子の包装や化粧品のパッケージのデザインなど、いずれも身近なものばかり。

なぜならそこには東郷のこんな思いが込められていたからである。
「一人でも多くの人に文化的な香をかいでもらい、
一人でも多く文化的な水準を高めてもらわねばならぬ」

70歳を過ぎても制作意欲は衰えず、毎年のようにサハラ砂漠を訪れ、ラクダを乗り継ぎ、時には遊牧民が暮らすテント生活をも体験。

砂漠に生きる素朴な人間の姿に、目まぐるしい文明社会では見つけられなかった、永遠の美を求めたのであった。
リサイクルショップで1万円で購入 東郷青児の油彩画

改めて依頼品を見てみよう。
東郷青児の6号の油絵である。
依頼人がリサイクルショップで1万円で購入したもの。

滑らかな肌、細長い指先、長いまつ毛など。
細部にいたるまで東郷様式で描かれている。
果して鑑定やいかに?
本物 250万円!


すごい!250万円!

「1万円はホントにすごいですね。東郷青児の作品、本物で間違いありません」

「画風から見て1960年代後半、晩年に描いた作品ですね」

「滑らかな肌の質感、誇張された目鼻立ち。女性の美しい部分っていうものが、より強調されて描かれている、まさに東郷らしい一枚だと思う」

「女性の後ろにお城が描かれていますけれども、このお城を描く構図っていうのは晩年の特徴的な構図」

「大変品格の高い一枚だと思います」
東郷青児の油絵

依頼品は東郷青児の油絵。

鑑定額は150万円。

「東郷青児の作品、本物です」

「週刊誌などの表紙絵に使われた一枚だと思うんですよね」

「いわゆる東郷様式と呼ばれる誇張されたものではなくて、写実的にモデルさんの特徴というのをよく捉えて描いている」

「でもスラッと伸びた長い首筋ですとか、美しい手首の動きですとかね、東郷らしさというのは決して損なわれてなくて、すごい内容のいい一枚だと思います」
今回の記事は以上になります。
